電子版発刊にあたって(書籍「まえがき」より抜粋)
「アルゼンチンとウルグアイのタンゴの伝統は、今では世界中で親しまれているが、ラプラタ河流域にあるブエノスアイレスとモンテビデオの都市低層階級によって発展させられてきた」
「タンゴは、ダンス・音楽・詩・歌を含む音楽ジャンルであり、ラプラタ河地域の住民たちのアイデンティティの、重要なあらわれのひとつである」(2009年、タンゴを人類の無形文化遺産に認定したユネスコの文書より)
アルゼンチン・ウルグアイとは地球の反対側にある、この日本で、わたしは、他のたくさんの日本人と同様に、ラプラタ河地域の住民のアイデンティティに強い共感をおぼえ、20才のころからタンゴにかかわる仕事をして生きてきました。
『タンゴ100年史』は、1980年に出版の予定でしたが、わたしの執筆が遅れに遅れて、1981年の末に上巻が発売されました。下巻は82年の4月に出ました。わたしは41才になっていました。
まだ若かったので(?)、わたしには、とてもくるしくて、きびしい仕事でした。 わたしの居所がわからず(携帯電話なんてない時代でした)、みなさんを心配させ、怒らせた時期もかなりあったと思います。そんなとき、わたしは、どこにいたのか?
今では思い出せません。『タンゴ100年史』のとりこになって生きていたのでしょう。原稿用紙とペンとインクだけもって……ワープロは、まだこの世にありませんでした。
ついでに言うと、写植(写真植字)という印刷法がありました。これは、簡単に言えば、大型で複雑なタイプライターで(専門の技術者が)原稿の文字を打ち、その文字のモノクロ写真から印刷する方式です。
でも経費がかかりすぎるので、ごく一部の大きな見出し――字体の変化ができて、とてもすてきです――ぐらいにしか使えません。『タンゴ100年史』の本文は活版印刷でした。
活版印刷とは――まず、原稿の1字ずつの活字(文字のハンコです)を、収納場所から拾い出し、それを1ページ分の箱に並べて、行間などに薄い板をはさんで組んで、そのページ全体のハンコにします。それにインクを付けて紙に押す作業が印刷。……書くと簡単ですがね。
今や電子出版! じつは、これもたいへんな作業なんですが、そして人間の労力は軽減されたとはいえないんですが、とにかく、わたしは、とてもしあわせです。そして、30年あまり経ても、読んでいただける価値があったことを、誇らしく思っています。
本の内容については、読んでいただくしかありません。すべて、活版印刷で出版されたとおりです。年表の部分に(執筆当時のデータ不足により)少し誤差があるかもしれませんが、大勢に影響はないと判断して、すべて元のままにしました。